能楽の演じられる場所は、能楽堂に限りません。大きな劇場に板敷きの舞台をしつらえたり、野外に特設舞台を設けたり、と、さまざまなケースがあります。すべてが整った能楽堂の舞台との違いを気にする方もいるでしょう。たとえば舞台後方が抜けていた場合に、「舞台の背景として老松が描かれた鏡板はなくてはならない、能舞台のシンボルではないか」と。
ところが鏡板は桃山時代以降に登場したもので、古い時代の能舞台はさまざまに変遷しており、「四方正面」と言われ、舞台も橋がかりも「透けて」いたときもありました。この舞台では、どの方角をも指し示すことができ、シテは何もない「透けた」空間に浮かび上がる存在でした。
鏡板の普及には、「壁の反響による音響効果を上げた」「観客を一定方向に固定化することで演出の洗練を図った」など諸説あります。四方どこから観ても、その曲の風景を描き出すのが、能がもつ活き活きとした表現力であり、役者の真の演技力が問われるところ。能楽堂以外の場所での観能は、そんな能の生命力に触れるチャンスです。