シテの登場形式のひとつに「呼掛け」という演出方法があります。揚げ幕があがってもシテがすぐに姿を見せずに、「のうのう(なうなう)」と、橋がかりの奧からいったん舞台上のワキに呼びかけて出てきます。ツレや子方がこの呼掛けで登場することもあり、こうした演出は現行曲の中で三十数曲あります。バッと揚げ幕が上がるだけでも観客の気持ちは、その奧にいるシテに集中するものですが、まず声のみが聞こえることで、さらに想像力がかきたてられます。
姿が見えない距離感を意識させ、呼掛けをするシテの存在感を高める-呼掛けには囃子はなく、演者は姿を見せずにごく短い謡いで舞台の雰囲気を作らなければなりません。呼掛けは安土桃山時代には、橋がかりの上で姿を見せながら行われていたようで、舞台の構造を活かした演出方法として普及したと言われています。