室町時代に確立した猿楽の能は、後世の日本の芸能に多くの影響を及ぼしました。その好例が歌舞伎。歌舞伎十八番のひとつ「勧進帳」は、能の「安宅」を翻案した作品です。やはり能から生まれた「船弁慶」や「土蜘蛛」、狂言にヒントを得た「素襖落」「身替座禅」などは、総称して「松羽目物」あるいは「能取物」と呼ばれます。松羽目とは、鏡板(トリビアQ137)の歌舞伎での言い方。松羽目物を演じるときは、能舞台に倣って老松が背景に描かれます。
幕府の式楽である能を、民衆芸能の歌舞伎に取り入れるのは、身分制度の時代では難しかったはず。しかし能は、さらに庶民的といえる落語にも影響を与えました。落語の「高砂や」という演目では、結婚式の仲人を仰せつかった八つぁんが、謡曲「高砂」を祝言で披露することになり四苦八苦します。江戸の庶民が能を直接に観る機会は少なかったとはいえ、謡曲を通じて能の世界に親しんでいたことがわかります。