和歌山県道成寺に伝わる安珍・清姫伝説がモチーフの人気演目「道成寺」。京都・妙満寺には、この伝説に縁ある鐘があります。
1359(正平14)年、安珍・清姫の一件以来、永らく失われていた鐘が寄進され鐘供養が営まれました。するとひとりの白拍子が現れ、鐘を落として中に隠れてしまいます。僧侶達の祈祷で鐘は持ち上がり、蛇身となった女は日高川に姿を消しました。ここまでが能の「道成寺」として知られる話です。その後の鐘はどうしたわけか音が悪く、また近隣に悪病厄災が続いたため、ついには山へと打ち捨てられてしまいました。
それから約200年後の天正年間のこと。豊臣秀吉による根来(現和歌山県岩出市)攻めで大将を務めた仙石秀久が山中からこの鐘を拾い、合戦の合図に使う陣鐘として使いそのまま京都へ持ち帰りました。その後は妙満寺の時の貫首・日殷大僧正によって清姫の怨念が祓われ、鳴音美しい霊鐘として什物となり今に伝えられています。実際の鐘は思いのほか小ぶりです。
数奇な運命をたどったという鐘のもとには、かつて市川雷蔵や若尾文子、18代目中村勘三郎らも演技の成功を祈願しに訪れました。今なお芸道成就を願う人の足が絶えることがないといいます。