能の舞台は「型」や「所作」と呼ばれる基本動作がつながって構成されています。一つひとつの動作は、手足のわずかな動き、装束の中での重心移動など連続した動きの中では、観客の気にとまらないものですが、基本ができていなければ能を本当の意味で「舞う」ことはできません。
能の稽古では、ほんの一瞬の短い動作を何度もやり直し、体が会得するまで繰り返します。師匠による手取り足取りの教えが基本ですが、ある程度できてくると懇切丁寧に教えるだけではなく、どこが悪いと指摘せず弟子に何度もただ繰り返させて自らある境地を見出すように仕向けるような場合も出てきます。また弟子も師匠や先達の芸を身近で見て、良い意味で「芸を盗んで身につける」こともあります。厳しく、示唆に富む稽古によって、能の本質は、600年余の長きにわたり今日まで伝わってきました。
移動時の基本動作であるすり足は「ハコビ」と呼びます。重心の高さを変えずにかかとを上げることなく体重移動し、自然に歩を進める。その力強さは「台風にもびくともしない安定」とたとえられるほど。舞や感情表現の動作に比べて目立った動きではありませんが、鍛え抜かれた基本がなければ美しいハコビは生まれません。お盆に、水を満たしたコップやお椀、湯呑茶碗などを載せて両手で持ち、揺らさずこぼさないようにハコビを行う稽古方法もあります。
稽古で培われた美しい「ハコビ」で長い橋掛かりを移動することも、全身全霊をかけた演技なのです。