能楽堂に入ってまず目に飛び込んでくるのが、舞台後方の大きな松ではないでしょうか。松が描かれた板を鏡板といい、固定された舞台装置のひとつとなっています。
能でも狂言でも、優美な曲でも悲痛な曲でも、観客は常に松の前で繰り広げられる演技を鑑賞することになります。
鏡板の呼び名については、奈良・春日大社の「影向(ようごう)の松」と関連付けて説明されるのが一般的です。影向とは神仏が現世に降臨すること。春日明神の化身である松が観客席の側に存在しており、それを鏡のように映したものが鏡板である、つまり舞台上の役者は観客ではなく神に向かって演じているのだ、と。もっともらしい説ですが、トリビアQuestion 31で触れたとおり、鏡板が定着するのは桃山時代以降。この由来は後世の創作だという考えも有力です。
ただ、1年を通じて枯れることのない松が、あらゆる演目と相性が良いのは確か。庭園や盆栽など、移ろう季節と松との対比を楽しむ日本文化は、能楽に通じるものがあるかもしれません。