謡本を見ながら謡うときに使う台を「見台(けんだい)」といいます。
この見台の横側に彫られている模様は、各流儀によって異なっています。
宝生流は「七宝」、金春流は「五星」、金剛流は「九曜」、喜多流の「喜多霞」といった宗家の家紋や定紋、またはその一部をあしらった模様が、左右対称の透かし彫りで彫られています。
一方、観世流では、左に月(八分目の月)、右に瓢箪と決まっています。この模様は、観世流九世観世黒雪の辞世の歌「わが宿は 菊を籬(まかぎ)に露敷きて 月にうたふる瓢箪の声」に因んだものと言われています。観世黒雪は、幼いころから徳川家康に仕え、江戸時代の観世流隆盛の基盤を築いた中興の祖として知られ、歌には、「謡を謡うときには、瓢箪のようにお腹を膨らませ、口を締めて八分目に謡え」という教えが込められています。この教えを忘れないようにという意図が、見台の模様にあるわけです。日用の道具の中にも、先人の教えが息づいています。
宝生流の近藤乾三師の随筆「こしかた」(わんや書店刊)によると、この月と瓢箪の模様の見台はかつて、宝生流ほか流儀の別なく使用していたそうです。今のように流儀ごとに違う模様を使うようになり始めたのが明治末以降で、定着したのはもっと後のようです。