能役者の長男として生まれ、能の道を志したにも関わらず、病のため俳句の道に進んだ松本たかしという人がいます。父は宝生流シテ方の重鎮・松本長(ながし)、弟は後に人間国宝となる松本惠雄(しげお)で、泉鏡花は親戚に当たります。10代で肺尖カタルと診断されますが、「ホトトギス」を読んで俳句に興味を抱き高浜虚子に師事。20歳頃に神経衰弱を発症したのを機に能を断念、一生を俳人として過ごしました。
能に取材した「チヽポヽと鼓打たうよ花月夜」などの句も残しています。チやポというのは小鼓の音。謡や仕舞に加え小鼓を習得しており、能役者を諦めてからも、虚子をはじめ能好きの俳人たちによるアマチュアの発表会で小鼓を打つことがあったそうです。
42歳のとき小説「初神鳴」を発表しました。幼少期に師事した宝生九郎の半生を描いた作品で、後に映画監督の伊藤大輔が「獅子の座」というタイトルで映像化しています。生涯にわたり能を愛した文学者でした。