能では、役者・奏者がそれぞれの役割、属する流儀の伝統の中で鍛錬し身につけた技芸を舞台の上で表現します。それぞれに最高の表現がコラボレートされた舞台には、一寸のスキもないほどの緊張感があり、深みのある世界観が示されます。
そうした能の本質と離れた、例外的な形式の能があります。「乱能(らんのう)」と呼ばれるもので、記念日や祝い事で行われる特別な行事です。通常はシテ方が地謡や後見以外の囃子や狂言を担当することはあり得ませんが、「乱能」では、シテ方、ワキ方、囃子方、狂言方、すべての玄人がふだんと異なる専門外の役割を演じ、1日の番組を執り行います。たとえば、シテ方、ワキ方が小鼓や太鼓を打ったり、狂言方や囃子方がシテやツレになったりするのです。
いつもと勝手の違う演技に、オリジナルの演出や内容も加味され、概ね観客の笑いを誘います。驚きのハプニングの連続あり、大胆な解釈・表現ありで、通常の能舞台では観られない、別種の趣ある演目に仕上がることもあります。めったにない催しで、お祭り気分に満ち、「難しさ」をとりはらった敷居の低い公演なので、機会があればぜひ見逃すことなくお楽しみください。