国土の7割以上を山地が占める日本。「出羽三山」「熊野三山」など、土地ごとの代表的な山を3つ総称して信仰の対象にする習慣が、各地に根付いています。大和(奈良県)にあるのが「大和三山」すなわち香具山・畝傍(うねび)山・耳成山です。
大和三山は古くから和歌の題材になりました。万葉集に詠まれた「香具山は畝傍ををしと耳成と…」の一首は、三山を“擬人化”した伝説にちなむ歌。香具山(男)をめぐって畝傍山(女)と耳成山(女)が争うという内容です。
この伝説に取材した能が「三山(みつやま)」です。夫が妻のもとへ通う“通い婚”だった時代、香具山に住む公成(きみなり)という男が、耳成山の桂子(かつらご)、畝傍山の桜子(さくらご)のふたりの女性のもとへ、一夜ごとに通っていました。桂子が先妻、桜子は後妻です。男はいつしか後妻の桜子のもとへ足しげく通うようになりました。男の心変わりを悲嘆した桂子は、池に身投げし、亡霊となって旅僧の前に現れ、弔いを頼みました。僧が回向していると、桂子、桜子の亡霊が現れます。桂子は、妬み、恨みをぶつけ、桂の枝で桜子を打擲(ちょうちゃく)します。恨みは晴れ、ふたりは僧の念仏を受けながら浄土への転生を願います。
このように前妻が後妻に嫉妬をぶつける行動は「後妻(うわなり)打ち」と呼ばれ、平安後期から江戸初期まで実際に存在した風習です。能では上品に表現されますが、時代が下ると、前妻も後妻も互いに仲間を呼び寄せて乱闘するなど過激化していったようです。