能と聞いて、多くの人が最初に思い浮かべるのは能面かもしれません。イタリアの「コメディア・デラルテ」、朝鮮半島の「山台劇」、インドネシアの「トペン」など、仮面劇と呼ばれるジャンルは世界中に存在しますが、能ほど多様な仮面を使う例は珍しいはず。例えば「女面」だけでも若い女から老女まで、あらゆる種類がそろっています。
能面の素材はヒノキなどの木材。ノミで削って作りますが、能面の場合は「削る」とは言わず「打つ」と表現します。桃山時代以降、こうした「面打ち」と呼ばれる専門の職人集団を輩出したのが越前(現在の福井県北部)です。 江戸末期まで活躍した「大野出目家」「越前出目家」といった世襲家系は、越前が発祥の地でした。
ではなぜ越前に面打ちが多かったのでしょうか。“能楽の里”と呼ばれる福井県・池田町には次のような言い伝えがあります。
鎌倉時代の執権、北条時頼が水海という地で越冬した際、村人達が「田楽」を舞って慰め、その返礼として時頼から「能舞」を教わった──。
これを起源とする民俗芸能「水海の田楽能舞」(国指定重要無形民俗文化財)が今に伝わり、町内神社に奉納されつづけています。
こうした“土壌”のほか、山に囲まれ木材が豊富だったこと、白山信仰を背景に旅人や商人が集まり着色料となる胡粉や膠が入手しやすかったこと、また能の盛んな京都や金沢に近接していたことなど、地理的な要因も挙げられるようです。