能には、老いを主題にした演目があります。代表的なのが「関寺小町」「檜垣」など老女物と呼ばれるジャンルで、老女が若く美しかった過去を懐古するというパターンが目立ちます。平安時代の伝説の美女・小野小町も、能ではもっぱら老いた姿で登場します。
老女物は、いずれも高い技量が求められる大曲。面をつけるため、演者自身が高齢である必要はなさそうですが、必然的にベテランが演じることが多くなります。
なぜ老女物が難しいのでしょう。世阿弥は『風姿花伝』の中で「そもそも老人の姿は見栄えのするものではない。しかし(観客の前で演じる以上は)美しく見せなければならない」という趣旨の言葉を残しています。
こうした矛盾をはらみつつ大事にされてきた老女物ですが、大曲ゆえ演能の機会は限られます。重い内容をテーマにしつつ、ドラマ性には乏しく、はっきり言って地味な曲ばかり。演者の表現力が問われるばかりではなく、観客にも相応の鑑識眼が求められます。
そのほか、三修羅(「朝長」「実盛」「頼政」)や三婦人(「楊貴妃」「定家」「大原御幸」)など、3曲くくりで呼ばれる曲は重い習い物が多く、上級者向けの演目といえるでしょう。