女性や老人、あるいは鬼──。多くの役を演じるために能楽師が使う能面には、「小面」「孫次郎」「般若」「癋見」といった具合に、すべて名前が付いています。合算すると200種類以上にのぼるとされますが、いくつかの系統に分類すると理解しやすいでしょう。「翁面」「尉面」「女面」「男面」「鬼神面」などが代表的な系統です。
これらは同時期に生まれたわけではありません。例えば鬼面のなかには、飛鳥時代から平安時代にかけて大陸から伝来した伎楽や舞楽の仮面から影響を受けているものがあります。
また翁面は、やはり能より古い(→トリビアQ39)翁猿楽で使われた仮面が源流です。あごの部分を切り離した“切り顎”という形状からして、他の能面とは明らかに異なります。同じく老人を模していても、尉面と区別されるのはそのためです。
一方、今日まで伝わるような女面や男面が確認できるのは室町時代以降。観阿弥・世阿弥が能を完成させた後と言われています。演劇性が強まり、能面にも多様性が必要になったことが背景にあるようです。
特に女面の場合は、役柄に応じて細かな違いが生じてきました。例えば小面と孫次郎を比べてみて下さい。ともに若い女性を表わしますが、孫次郎の方が頬が締まって大人びた色気を感じないでしょうか。それもそのはず、「松風」「井筒」「野宮」など、恋する女性の演目に多用されるのが孫次郎なのです。