重いものでは総量が20キロにもなる装束を身にまとい、時に激しい乱舞を長時間舞いつづける能の演技は、気力も体力も必要とする厳しいもの。たとえ表面上はゆっくりとした動きに見えても、能面の中に汗がたまるほど、シテ方の演者は激しい動きをしています。
運動量の激しさは、その時の心拍数(1分間の脈拍の数)で見ることができます。男性の場合、安静時で60から70程度、100までが正常値とされています。ところがシテが舞台で舞う時には、心拍数は170を超えることもあり、これは全力疾走しているのとほぼ同じ状態だそうです。
心臓の機能上、それ以上の脈拍が不可能な数値を「最大心拍数」と言い、220から年令を引いたものが各人の一般的な目安数値です。つまり40歳なら180。年齢とともに低くなっていきます。「道成寺」の乱拍子を舞う際には、心拍数が200を超えることもあるそうです。最大心拍数を超える運動は、身体に危険なほどの負荷をかけていることになります。優雅さを生み出す裏には、身体機能の限界に挑む、激しさが隠されているのです。